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遠い昔、 
彼女が絶大な人気を誇っていたとき、
そのとき、わたしは、後ろのお猿ちゃん4人の方が好きだった。
だから4人が「MAX」したときは、嬉しかったし、
カラオケで歌ったりもした。
そして、ますます、盛り上がっていく安室ちゃんには、
あまり興味はなかったけど、
こんな感じのブーツを履いて踊っている姿には、尊敬した。

よく、足がグりんって、ならないものだなぁ・・・
でも、履いてみたいなぁ。
すんごいなぁ。
わたし、コンパクトサイズだから、ちょっとは、大きくなれるかなぁ。
なんて思いながら、キティちゃんも、ブーツを履いていた。

安室ちゃんの人気も落ち着き、アムラーと言われた子たちが、
ヤマンバへと進化したころ、リカちゃんでさえ、進化した。

わたしにとって永遠のアイドル、香山リカちゃんが進化したことは、
激しく悲しかったけど、やっぱ、リカちゃんも、ブーツを履いていた。
わたしの、情熱的熱望な感じは、激しく強くなり、
けれど、高いお金をだして、
上げ上げ厚底ブーツを買う勇気まではなかった。
だって、失敗したら、もったいないじゃない。
時代は、安室ちゃんは、もう、はかなくなり、
履いているの子は、ヤマンバから、マンバに進化した子だけだった。
そんなとき、フリーマーケットに行くと、厚底ブーツが、
ほぼ新品で、1000円で置いてあった。
激安なうえ、その日は、あまりにも寒い。
う、寒っ、履いて帰ろう。そう、思ったのは当然だろう。
それから、自宅に帰る途中に、踵が折れたのには、悲しくて、
それでも、修理に1000円をだして、長い間、うちにいた。
わたしは、流行とかに流される方ではなく、
ブーツカットジーンズに、隠れちゃえば、全然、おかしくなかったし、
ただ、長いこと、うちにいたけど、使用頻度は、少なかった。
なんでかというと、靴とかは、すぐに、脱げるタイプじゃないと、
好きじゃなくて、
例えば、外出先で、食事をすることになり、和食のお店で、
うんしょ、うんしょ、ちょっと、待ってください。
と、靴に時間をかけるのは、イラっと、するし、
なにより、熱が、足に篭もるのが、たまらなく嫌だった。
だから、激寒っ、っていう日にしか、使わなかったんだけど、
なにしろ、この温暖な日本では、そんな機会は少なくなって、
1年に1回だけの使用になっていた。
お片づけを始めて、エコ・リサイクルできないモノは、
ちゃっちゃと、捨てようと決めたんだけど、
そのブーツは、すごく悩んだ。
同じようなブーツは、人から頂いて、もう一つあったし、
ミニブーツは、いくつかあるし、
捨ててもいいんじゃないか、そう思うのに、
捨てられなかった。
結論からいうと、わたしは、捨てることができたんだけど、
以前の記事「ロングラブレター・未来に託すもの」で、
捨てた、トイレブラシの後、に捨てました。
ブーツを捨てるとき、すごく、痛かったです。
修理してまでも、ずっと、履こうと思ってたはずのに、
要らなくなったら使えるモノでも捨てる、という感覚が、
自分の中で、許せなかったです。
処分するときに、
皆さんやっていると思うけど、お針や、お箸を処分するとき、
袋に入れて、一緒に、感謝を込めてお塩を入れるでしょう。
本当は、お針、お箸、お茶碗、お人形など、
供養専門の神社、お寺とかでしないといけど、
住まいの状況などで、そこに行けない人は、
お塩を入れることで、許してもらいましょうね。
みたいな感じだけど、
自らの身を削り、人間様を生かさせてくれたモノには、
必ず、そうしないといけないよね。
日本人の感謝の気持ちが良く出てる、良い文化だと思うし、
子供たちにも、モノを大切にしましょう。
と、伝えられる、良い風習よね。
でね、ブーツを処分する際に、ふと、そのことを思い出した。
ブーツ供養なんて、聞いたこと無いけど、
今まで、守ってくれたのは、確かなことだから。
手を洗ってから、
後で、洗えばいいや。。。と、ブーツにKissをした。
大切に、履けなくてごめんなさい。
寒さから、足を守ってくれてありがとう。
怪我から、私を守ってくれてありがとう。
そして、お塩を入れて、さよならした。
かなり、堪えた。
写真を取れないほどに。
大きいブーツだったから、
玄関先が、わずかに、広くなって、
気分がいい感じと、引き換えたモノは、
罪悪感だった。
もう、2度と、この罪悪感を生まないためにも、
これから、手にするものは、しっかり、考えよう。
今、ソレを本当に必要なのかを。
それで、やっぱり、思ったのは、
使い切れないモノは、
手にしてはいけないということだ。
欲しいからと、手に入れて、
要らなくなったら、捨てるという発想は、
豊かな国、日本だからできることであって、
手放すのなら、次の行き先を考えなくちゃいけない。
生きモノを飼ったとき、どうしても、生活が難しくなったとき、
里親を探すだろう。
自分が生かされたモノを、手放すときも、同じように、努力しよう。
それが、最初から難しいと思われるモノには、手をださない。
と、こころに硬(かた)く、難(かた)く、かたーく、誓った、あくとなのでした。
PS・モノを捨てることが、
悪いといっているわけではありません。
人それぞれに、精神的にエコな状態で、お片付ければよいと思うのです。
▲人気blogランキング ←ここに、ぽちって、してみて下さい。
ワタシ、チョー、ウレシネ、シャチョさん、アリがとネ^^
彼女が絶大な人気を誇っていたとき、
そのとき、わたしは、後ろのお猿ちゃん4人の方が好きだった。
カラオケで歌ったりもした。
そして、ますます、盛り上がっていく安室ちゃんには、
あまり興味はなかったけど、
こんな感じのブーツを履いて踊っている姿には、尊敬した。

よく、足がグりんって、ならないものだなぁ・・・
でも、履いてみたいなぁ。
すんごいなぁ。
わたし、コンパクトサイズだから、ちょっとは、大きくなれるかなぁ。
なんて思いながら、キティちゃんも、ブーツを履いていた。
安室ちゃんの人気も落ち着き、アムラーと言われた子たちが、
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ヤマンバへと進化したころ、リカちゃんでさえ、進化した。
わたしにとって永遠のアイドル、香山リカちゃんが進化したことは、
激しく悲しかったけど、やっぱ、リカちゃんも、ブーツを履いていた。
わたしの、情熱的熱望な感じは、激しく強くなり、
けれど、高いお金をだして、
上げ上げ厚底ブーツを買う勇気まではなかった。
だって、失敗したら、もったいないじゃない。
時代は、安室ちゃんは、もう、はかなくなり、
履いているの子は、ヤマンバから、マンバに進化した子だけだった。
そんなとき、フリーマーケットに行くと、厚底ブーツが、
ほぼ新品で、1000円で置いてあった。
激安なうえ、その日は、あまりにも寒い。
う、寒っ、履いて帰ろう。そう、思ったのは当然だろう。
それから、自宅に帰る途中に、踵が折れたのには、悲しくて、
それでも、修理に1000円をだして、長い間、うちにいた。
わたしは、流行とかに流される方ではなく、
ブーツカットジーンズに、隠れちゃえば、全然、おかしくなかったし、
ただ、長いこと、うちにいたけど、使用頻度は、少なかった。
なんでかというと、靴とかは、すぐに、脱げるタイプじゃないと、
好きじゃなくて、
例えば、外出先で、食事をすることになり、和食のお店で、
うんしょ、うんしょ、ちょっと、待ってください。
と、靴に時間をかけるのは、イラっと、するし、
なにより、熱が、足に篭もるのが、たまらなく嫌だった。
だから、激寒っ、っていう日にしか、使わなかったんだけど、
なにしろ、この温暖な日本では、そんな機会は少なくなって、
1年に1回だけの使用になっていた。
お片づけを始めて、エコ・リサイクルできないモノは、
ちゃっちゃと、捨てようと決めたんだけど、
そのブーツは、すごく悩んだ。
同じようなブーツは、人から頂いて、もう一つあったし、
ミニブーツは、いくつかあるし、
捨ててもいいんじゃないか、そう思うのに、
捨てられなかった。
結論からいうと、わたしは、捨てることができたんだけど、
以前の記事「ロングラブレター・未来に託すもの」で、
捨てた、トイレブラシの後、に捨てました。
ブーツを捨てるとき、すごく、痛かったです。
修理してまでも、ずっと、履こうと思ってたはずのに、
要らなくなったら使えるモノでも捨てる、という感覚が、
自分の中で、許せなかったです。
処分するときに、
皆さんやっていると思うけど、お針や、お箸を処分するとき、
袋に入れて、一緒に、感謝を込めてお塩を入れるでしょう。
本当は、お針、お箸、お茶碗、お人形など、
供養専門の神社、お寺とかでしないといけど、
住まいの状況などで、そこに行けない人は、
お塩を入れることで、許してもらいましょうね。
みたいな感じだけど、
自らの身を削り、人間様を生かさせてくれたモノには、
必ず、そうしないといけないよね。
日本人の感謝の気持ちが良く出てる、良い文化だと思うし、
子供たちにも、モノを大切にしましょう。
と、伝えられる、良い風習よね。
でね、ブーツを処分する際に、ふと、そのことを思い出した。
ブーツ供養なんて、聞いたこと無いけど、
今まで、守ってくれたのは、確かなことだから。
手を洗ってから、
後で、洗えばいいや。。。と、ブーツにKissをした。
大切に、履けなくてごめんなさい。
寒さから、足を守ってくれてありがとう。
怪我から、私を守ってくれてありがとう。
そして、お塩を入れて、さよならした。
かなり、堪えた。
写真を取れないほどに。
大きいブーツだったから、
玄関先が、わずかに、広くなって、
気分がいい感じと、引き換えたモノは、
罪悪感だった。
もう、2度と、この罪悪感を生まないためにも、
これから、手にするものは、しっかり、考えよう。
今、ソレを本当に必要なのかを。
それで、やっぱり、思ったのは、
使い切れないモノは、
手にしてはいけないということだ。
欲しいからと、手に入れて、
要らなくなったら、捨てるという発想は、
豊かな国、日本だからできることであって、
手放すのなら、次の行き先を考えなくちゃいけない。
生きモノを飼ったとき、どうしても、生活が難しくなったとき、
里親を探すだろう。
自分が生かされたモノを、手放すときも、同じように、努力しよう。
それが、最初から難しいと思われるモノには、手をださない。
と、こころに硬(かた)く、難(かた)く、かたーく、誓った、あくとなのでした。
PS・モノを捨てることが、
悪いといっているわけではありません。
人それぞれに、精神的にエコな状態で、お片付ければよいと思うのです。
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ワタシ、チョー、ウレシネ、シャチョさん、アリがとネ^^
この記事へのコメント
私も同じような厚底ブーツ、持ってました。
私の場合は背が高く、ノッポさんになってしまうので、年に一回程しか出番が無く、でも痛んでないから処分できず・・・。
一年前、持ち帰り覚悟で古着屋へ。買取価格100円でした。
スッキリしたというよりは、「誰かに処分を押し付けてしまった」という罪悪感がありました。
もう手元にないから忘れかけてしまっていたけど、あくとさんの記事を読んで、その時に感じた気持ち、忘れてはいけないなって思いました。
物を所有するって最後まで面倒見る事なんですよね。
私の場合は背が高く、ノッポさんになってしまうので、年に一回程しか出番が無く、でも痛んでないから処分できず・・・。
一年前、持ち帰り覚悟で古着屋へ。買取価格100円でした。
スッキリしたというよりは、「誰かに処分を押し付けてしまった」という罪悪感がありました。
もう手元にないから忘れかけてしまっていたけど、あくとさんの記事を読んで、その時に感じた気持ち、忘れてはいけないなって思いました。
物を所有するって最後まで面倒見る事なんですよね。
そうそう、痛んでないから、
処分できないんですよね。
それと、これまでに、図書館に寄付ということを、
何度も、書いてきましたが、
それだって、捨てられないし、
古書店も、引き取ってもらえない、
でも、全然、読めるし、汚れてないんだもの・・・
っていうものだから、
最初は、図書館に置き去りしたようで、
押し付けてしまった感じがあって、
嫌なものだったかな。
本当に、この記事で言いたかったことはね、
モノを捨てることが「絶対的な悪」
といっているわけではなく、
どんなモノであっても、
自分を育て、生かしてくれたものだから、最後までも責任を。
というものだったけど、苺琴音さんは、
気がついて下さったと思うと、嬉しい。
読み手には、悪くとられちゃってるかも、
と、思っていたのでした^^
こちらこそ、あらがとうでした。
処分できないんですよね。
それと、これまでに、図書館に寄付ということを、
何度も、書いてきましたが、
それだって、捨てられないし、
古書店も、引き取ってもらえない、
でも、全然、読めるし、汚れてないんだもの・・・
っていうものだから、
最初は、図書館に置き去りしたようで、
押し付けてしまった感じがあって、
嫌なものだったかな。
本当に、この記事で言いたかったことはね、
モノを捨てることが「絶対的な悪」
といっているわけではなく、
どんなモノであっても、
自分を育て、生かしてくれたものだから、最後までも責任を。
というものだったけど、苺琴音さんは、
気がついて下さったと思うと、嬉しい。
読み手には、悪くとられちゃってるかも、
と、思っていたのでした^^
こちらこそ、あらがとうでした。
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